|
たった1年間の滞在でニュージーランドは私の第2の故郷になった。
絶対NZにいきたかった、というわけでなく、石橋さんの勧めでなんとなく決めた、という感じだった。でも不思議と不安は無くて新しい世界に飛び込める、とワクワクしていた。(日本での自分じゃあり得ないけれど)
最初の3ヶ月は、海と山に囲まれた静かなフィティアンガという町にある小さな語学学校に行った。世界中から様々な目的で英語を勉強しに来ている色んな年代の生徒。ユーモアたっぷりの先生達。毎日毎日笑いが絶えない。優しいホストファミリー。私の英語がどうやったら上達するかいつも真剣にアドバイスしてくれた。焼きたて手作りパンの匂い。ごはんの後に一緒に散歩した海の大きさ、空の広さ。こんな景色、写真でしか見たことがない。写真にとって日本の友達に見せても、この空氣は変化する景色は伝わらない。みんなを今すぐ連れてきたくてもどかしくて仕方なかった。
学校を終了後、北島ネイピアの若い旅行者向けの安いホテルで清掃係として働いた。その3ヶ月間ホテルに住み込んでいたので、その間に出会った人々は数え切れない。ホテルから見る朝日の美しさは有名で、よく早起きして1人でボーっとその朝陽を眺めていた。
|
|
|
|
その後、ファームステイ募集の本で見つけた農家がたまたま夫婦で動物園を経営していて、そこで2ヶ月間働いた。そして私の2つ目のホストファミリーができた。もし私にもっと時間があったら、ずっとここに居たい!と思うほど居心地が良かった。昔から夢だった動物園経営を実現させたオーナー。若い頃に世界中を旅したことなど、これからの夢を沢山語ってくれた。「めぐみ、あなたがどれだけこの動物園に貢献しているか分かっている??」
「いつも助かっているよ。」「あなたのこういう所が良いのよ。」「今日はどうもありがとう。」
そんな言葉が私に沢山の自信をくれた。 |
|
|
|
|
もちろん、良い事ばかりではなった。動物園を出た後は、時期的な事もあって仕事が見つからず「何やってるんだろう・・・」と落ち込む日々が続いた。それまでバックパッカー(簡易ホテル)に住み込んで仕事を探していた私は、ある日その町のマーケットに出かけた。そこで手作りアクセサリーを出店していた日本人の女の子に、その子が以前住んでいたフラットを紹介してもらった。 日本では常に自分で計画を立てて行動していた私だったけれど、その頃には、縁を信じて流れに身を任せる、という生活を楽しめるようになっていた。新しい家の大家さんは、自然を大切にするとても良い人で、私の仕事が見つかるようにいつも情報をくれた。(結局は見つからなかったけど・・・・)
|
|
|
|
|
日本にいた頃には「出逢いがない」と良く言っていたけれど、出逢いがないなら旅にでよう!(そんな簡単にはできないことかもしれないが)
私は典型的な日本人のせいかあまり人と話す事が得意ではないけれど、1人旅を続けていくうちに自分から話しかける事への抵抗も薄れてきた。とは、言ってもホテルの台所でご飯を作っている時に笑顔で「Hello!」と言うだけで会話が始まる。日本では不自然なことでもここでは普通だ。話してみるとそれぞれ色んな経歴持つ人々で、新しい発見が沢山あって楽しかった。
|
|
|
|
| この1年で私は沢山の人々、自然、出来事を経験して今までの人生で一番充実していたことは間違いない。まだまだ自分の欠点はあるけれど、そんな自分を認めてくれたり、自分では氣づかなかった性格を教えてくれる人に沢山出逢った。人を自分を比べたりせず、お互いを素直に認める・・・・そんな人達からもらったパワーはこの大らかな自然から生まれたのかもしれない。また、英語が体に沁みこんでくるまでの道のりは長かったけど、あきらめなかった結果、自分に自信がついた。 |
|
|
|
私はワーキングホリデービザを使って1年間NZにいることが出来たが、どんな1年にするかは自分次第だと思う。何をしていいか分からなくなっても、情報はそこ中に溢れている。フルーツピッキング、ボランティア、バンジージャンプ、スカイダイブ、パラグライディング、カヤッキング、トランピングなどなど。数え切れないほど山を歩いた私の足はかなりたくましくなった。マオリの文化に触れたり美術館めぐり、ワイン工場巡りなども好きだった。
最後に 石橋さんへ 石橋さんよりNZに詳しくなってごめんなさい。
でも、私はまだ私の知らないNZを見つけにいつか必ず帰りたい。
|
|